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当時は教育長を務めており、止むことなく降り続く雨に危機感を感じ、大杉地区の児童を自宅待機とした。いつもより早めに出勤したところ、自宅周辺よりも雨の降り方は弱いと感じた。これなら大丈夫ではないかと思っていたが、会議中に小学校から浸水の連絡が入った。

問い:当初はどんな雨だったのでしょうか?

平成16年9月28日の夕方くらいから既に降っていまして、私が仕事から帰って来て家に入ったのですが、夜半の10時、11時ぐらいから雷を伴う激しい雨になりました。特に明け方の3時、4時になるとまたちょっと強くなって止み間が無くて相当降っていたので気になり出しました。このまま降り続いたら災害が起きるなあ、と感じました。この時点で大杉の子供達は自宅待機にさせた方が良いと思い、それでバスを帰してバスの待合所に出ている子供たちがいるので保護者に連絡して自宅待機にさせて欲しいと帰しました。私は子供達を帰していつもより1時間ほど早い7時過ぎぐらいに職場の教育委員会に出ました。そうしたら、大杉ほど雨は降っていませんでした。大杉の子供達を自宅待機にさせた事を学校に伝えてしばらく様子を見ていました。
その日は校長会がありまして、9時頃から二名の校長と30分ほど会議をしていたでしょうか?そうしたら宮川小学校から電話がかかり「学校の廊下に水が入り込んで来ました、どうしたら良いでしょう?」という連絡が入りました。宮川小学校は高台にあるので「そんなばかな!」と思いましたが、横の谷川から直接水が流れ込んだり、屋根に大量に降った雨が中庭に流れて排水が追いつかずに溜まっていって廊下に溢れて行ったようでした。そこで校長会を行っていた校長二人と一緒に宮川小学校へ向かいました。その時、外へ出たとたんに「ムッ」とした感じで今思うとその時が1時間に100mmを越える雨が降った時間だったんだと思います。宮川の役場の回りは水が溜まるような場所では無いのですが、その時は20cmほど水が溜まっていました。
学校に着いたら横の谷川ら流れ込んだ水と中庭からあふれ出た水で校舎に水が入って来ているので土のうを積もうと思い「土のうを貰えませんか?」と建設課へ連絡を入れたのですが「村内のそこらじゅうで救援要請が入っていて学校へ行ける状況じゃありません」との返答で全村的に大きな被害が出ている事が分かりました。学校では先生達に村の状況を伝えて子供達を安全な場所に退避させるように指示して学校を離れました。

問い:その時点で児童達は登校していたのですか?

登校していました。自宅待機させた大杉谷の10人以外は全員登校していました。
役場へ戻ったら次々に救援要請が入ったり災害が発生している旨の連絡が入っていまして大騒動になっていました。8時から11時にかけて4時間で時間雨量100mmを越える雨が降ったんだと思います。

問い:時間雨量100mmを越える雨が降り続く中で谷口さんが一番懸念された事は何でしょうか?

一番の懸念は、橋を渡った時に川の水の多さを見て、川沿いの集落が流されるんじゃないか?既に流されているんじゃないか?と思いました。その時には既にココ(自宅裏庭を指しながら)は流されていたんですね。でもココの状況はその時何も入りませんでした。
町長部局から呼び出されて「大杉との連絡が取れないので、大杉と連絡が取れる方法を考えてくれ」と町長に言われたので、たまたまコノ会社(指さしながら)の車が無線機を積んで走っているのでこの会社の知り合いに電話して会社所在地周辺の状況を確認してくれと頼みました。すると会社周辺の数軒は水に浸かったところはあるが、流されてはいないという事でした。ただ、実際にはココの奥の楠では土砂崩れで5,6軒崩壊していた。そんな状況で全然連絡が取れなかった。
それから一週間は自宅に帰らずに向こうに寝泊まりしながら学校の復旧やら町内の復旧に携わっていました。学校の方は大杉の下の集落の子供10人ぐらいは自宅へ帰す事が出来ずに学校で預かる事にしてその他の子供は午後になってから帰宅させました。学校は開校の見通しが立たなかったため無期限休校としました。

問い:29日から四日、五日は動きが取れない状況だったようですが、ライフラインはいかがでしたか?

宮川村の下半分、領内地区ぐらいまでは1,2日で電話も回復しましたが、この地区はおそらく10日ほどかかったと思います。後で聞いた話ですが、水道は全部止まってしまったんで谷川から水を引いて対処したようです。田舎の強みでもあると思いますが、住民が集まって食料なども持ち寄って協力しながら過ごしたようです。最初は西組に避難しましたが、危ないという事でココへ避難して協力して4,5日過ごしたようです。

問い:一週間大変な事が多かったともいますけもども一番どんな事を。。。

私は子供のころからココで育ったので強い雨はしょっちゅうあったんです。4日、5日で1,000mmを越えるような雨もあったんですわ。そんな事が度々あったので雨が怖いとか雨で災害が起こるという認識が薄かったんです。ココは地盤も固いし排水も良いので大丈夫だ!と、そういう気持ちでいました。ですから今回の災害については認識不足でした。山の保水力についても考えさせられました。国の方針もあって広葉樹や雑木を無くして杉やヒノキを増やしたんですね。その様な事もあって山の保水力も弱くなって杉、ヒノキは粘りも無くて土砂崩れなどで流れ出やすいようです。植林行政というか林業の事も災害の事を考えないといけないと思いました。
昔から宮川の川筋は水が良く出たんですが、こんな土石流が押し入ってという事は無くて、水が引けば直ぐに渓流に戻ったんですが、今回は土砂や土石が押し出したので河岸の植物などを剥いでいったんで、水が引いても川幅が何倍にもなりました。

問い:身近なところで防災に対する意識の変化はありましたか?

そですね、日頃から避難の情報を持つとか、それまで本当に何もなかったんですね。その日もたまたま家を出る時に家内に危ないと思ったら近所で一番しっかりしている西組の建物に近所の人に声掛けして避難するように伝えて家を出ました。そしたら雨がひどかったので近所を誘って西組の二階に入れてもらったようです。そうしたら川の水が増えてきたので戻ったようです。日頃から避難場所とかいざという時の避難グッズを用意しておかないといけないと今回思いました。事実今回をきっかけに防災意識がこの辺りでは高まったと思います。この付近の方々は私と同じでこれまで雨で避難とか考えてませんでした。実際には過去にも被害が出ているんですが、避難する場所もなかったですし。今回の事がきっかけで行政が入って防災意識を高めるための指導も入りましたし、防災意識が高まりました。

問い:最後に、元教育長という立場でこの台風を経て学校として防災意識が変わったなど具体的に取り組みが変わったような事はありましたか?

ありました。学校の中でも大きく変わりました。まず、警報や注意報が出たら等が出た際の通学の方法を取りきめて文書化しました。学校の授業の中でも防災に関する授業を取り入れようという事で話し合いを始めました。子供達にも防災意識を植え付ける必要があるという事の認識が高まりました。

タイトル 平成16年台風第21号豪雨体験談映像(大台町 谷口 忠夫)
概要 当時は教育長を務めており、止むことなく降り続く雨に危機感を感じ、大杉地区の児童を自宅待機とした。いつもより早めに出勤したところ、自宅周辺よりも雨の降り方は弱いと感じた。これなら大丈夫ではないかと思っていたが、会議中に小学校から浸水の連絡が入った。
タイトル2 ヘイセイ16ネンタイフウダイ21ゴウタイケンダンエイゾウ(オオダイチョウ タニグチ タダオ)
概要2 お名前:谷口 忠夫
ご住所:大台町岩井
発生時にいた場所:大台町役場
当時の年齢:
公開レベル 公開
出典 みえ防災・減災センター
提供者 三重県・三重大学 みえ防災・減災センター
提供者公開フラグ 公開
原本の保管場所
コンテンツの取得日時 2017年 10月 05日
コンテンツの住所 三重県多気郡大台町佐原
コンテンツの撮影場所 三重県多気郡大台町岩井
タグID 平成16年(2004) 台風第21号・土砂災害,多気郡 大台町
コンテンツID 平成16年台風第21号豪雨体験談

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