地域のパトロールなど関係各所と連携しながら行っていたが、雨のため連絡がスムーズに取れない状況が起きていた。そして、孫からの連絡で自宅の目の前にある公民館が土石流で流されたことを知った。幸い公民館に避難していた人が、地鳴りを感じさらに避難していたことで全員怪我はなかった。

雨が3日前から断続的に降っていて、当日22日の午後8時頃から気象庁や国交省の降雨予想を取り寄せてみても以降3時間ほどは赤ラインが三重県を覆っている予想で時間雨量が40mmを越えて来そうで大変な事になりそうな状況でした。

問い:その雨が強い時間帯にどこで何をされていたのでしょうか?

警報の発令時から役場の対策本部に詰めて情報収集にあたっていました。

問い:消防団長としてあたっていたわけですね。消防団の対応、体制について教えて頂けますか?

第一次配備で各団長が対策本部に集合してその後、第二次配備で団員を自宅待機させて、避難所へ各分団長が待機します。そこから必要に応じて団員を招集する形になっています。

問い:具体的に人数とか対応にあたる場所はどういった所になりますか?

それぞれ地区の分団があり、例えば佐奈、津田、相可、外城田の4地区それぞれに避難所があります。それぞれの分団長が避難所に詰めて必要に応じて自宅待機させている団員を招集させるようになっています。大体150名ほどが招集されました。

問い:町内、どこでどんな被害が発生したか詳しく教えてもらえますか?

10時頃から各地区で浸水被害の連絡が入って来て、消防団の対応としては土のうを設置するための袋を用意しました。

問い:10時頃というのは午前、午後どちらですか?夜だと真っ暗ですね。

午後の10時頃で、もう真っ暗な中です。

問い:団員さん達の作業はどのように行われましたか?

ヘッドライトは常備していたのですが、手元は暗かったです。作業場所へ行く道中が浸水していて危険ではあったのですが、幸い怪我人もなくて良かったです。

問い:浸水以外にどのような被害がありましたか?

後で分かった事なのですが、ため池の土手が崩れていたりとか、通行止め、田んぼへの土砂の流入があちこちでありました。

問い:道路状況はいかがでしたか?

僕も災害対策本部が解消されて家へ帰る際にもずいぶん遠回りしてたどり着きました。現場を見てびっくりしました。

問い:町内様々な所で冠水や浸水、また道路の分断などがあったと思いますが、その情報の把握はスムーズに進みましたか?

それがなかなかあの状況では難しかったです。無線機は使い難い、分団長と連絡を取るにも携帯では取りずらい状況でした。分団長も雨の中、自発的に動いている最中にカッパをとって電話に出る事が出来ない状況でした。

問い:そんな中でも様々な指示を出したりとか、警報や避難指示を出していると思いますが、その辺りはスムーズに進んだと思いますか?

団員招集は分団長に任せてあったので進みました。避難警報や避難準備情報は多気町として初めての発令でしたので町長も悩まれた様子です。それでも人命には代えられないので早めに出そうという事で出してもらいました。

問い:それは町内どれぐらいの範囲で出されたのでしょうか?

最初は土砂災害危険地域です。旧多気町だと長谷、高坂、前村に、勢和ですと車川、フチヤ、シキフその辺りだと思います。

問い:限られた時間内で様々な判断をしなければいけないと思いますが、今振り返ってみて納得されている点、あるいはこういう所をこうすれば良かったと思われる点はありますか?

いざとういう時の分団長との連絡方法でしょうか。分団長が率先して動いているので、本部からの交信が出来なくて十分な情報収集が出来ませんでした。分団長も雨の中で携帯電話が鳴っている事は分かっていてもなかなか応答できなかったようです。この様な状況下でも連絡可能な方法がないか?というところが今後の課題だと思います。

問い:具体的に今後改善しようという案は出ていますか?

無線機を完全防水にするとか、あるいはビニール袋に携帯を入れても操作できるようにするなどを考えらえないかと思っています。

問い:浦田さんのご自宅や家族に被害は無かったですか?

幸い家族と長谷地区住民五十数名ですが人的な被害はありませんでした。

問い:ただ大きな土砂災害がありましたね。

長谷地区の元みかん園の跡地が土石流になって公民館に流れ込んで来ました。その公民館に13名が避難してました。土石流によって3回音がしたようですが、その1回目の音で気付いたのが幸いしたようです。最初は「カミナリかなぁ?」「飛行機かなぁ?」とも思っていたけど通用口を開けてみたら「赤い水」が流れてきたので、これは大変だということで二次避難しました。その後、大木の流木が何本も公民館に突き刺さりました。その様な状況で良く全員が助かったなぁ、と思います。

問い:浦田さんの自宅はその近くでしょうか?

公民館の前というか、下が車庫になってそこに避難してもらいました。小学校の子が真っ青な顔をして飛び込んで来たと、それなので暖かい所へ避難させました。特に子供たちがトラウマやPTSDにならないようにと。後で中学生に聞くと「こんな所に住みたくない」とも言っていました。

問い:ご自宅の前の公民館が土砂災害にあったいう第一報はどのように聞きましたか?

役場に詰めていまして孫から電話が入ったのですが、もう興奮していて、目の当たりにして電話していたのでしょうか。その履歴を見ても抜けていて正確な時間は分からないですが「えらい事だ」という事は確認できて、その後に改めて安否が確認できました。その後に役場職員と現場を確認に行きましたが、暗くて分かりませんでしたが、安否が確認できていたので安心して戻りました。

問い:お孫さんも電話された時に興奮状態でパニック状態だっと思いますが、奥様も凄く心細かったと思うんですね。奥様はその当時の事をどのようにお話しされてますか?

皆が大声で「逃げろ」「逃げろ」と叫んでいたので車庫の方に下りて行ったと思います。子供達も逃げて来ていたので2階に連れて行ったのだと思います。私が消防団長をしているので台風になると必ず家にいない、なので自分で何とかしないといけない、と思っているようで、しっかりしていると思いますよ。

問い:その当日、22日の夜に奥様と電話連絡は取れましたか?

いいえ、全然取っていません。

問い:それは、時間的に取れなかったという事ですか?

いや、もし何かあったら連絡があるだろうと思っていました。

問い:団長の役割に徹していたという事ですよね。夜見に行ってもなかなか状況は分からなかったと、翌朝明るくなってから見られてどのように感じられましたか?

もうびっくりしましたね。鳥肌が立ちました。公民館の回りや、崩れた個所などを回って写真を撮りました。とにかく、多気町でこの様な土砂災害が起こると思ってなかったのでびっくりしました。
(当時撮影した公民館の写真を見ながら)
玄関側から見た部分はさほど痛んでないように見えますが、裏へ回ると40cmほどの流木が4,5本突き刺さっていました。
それから土砂災害現場の距離、深さを見て唖然としました。

問い:距離や深さというのは具体的にどれぐらいですか?

距離は100mほどで深さは30mぐらいえぐれていると思います。その土砂がいっぺんに押し出されてきたので本当にすごい事でした。

問い:今回の長谷地区の土砂災害ですが、公民館の前が自宅という事で、ご自宅の被害はどうでしたか?

長谷地区では材木を貯蔵していた倉庫が全壊しましたが、住居には全く影響ありませんでした。
(土砂被災の航空写真を見ながら)
みかん園の跡地が流れて山にあたり、山沿いに土砂が流れたので住宅に被害が出なかったようです。こう(図示しながら)流れたらアウトですが、たまたまこう流れたので民家が助かりました。

問い:公民館周辺の生活道路の様子はどうでしたか?

長谷地区を一周するように生活道路があって、これだけは早急に対処して欲しい、と地元の業者さんにお願いして生活道路だけ土砂を取ってもらいました。これは、早かったですね。4日後ぐらいには取ってもらいました。

問い:そうすると一週間以内には元の生活に戻ったという事ですか?

はい。停電も僅で、電線が土砂崩れで切れたのですが、長谷地区は2回線で電線が回っていてスイッチで対処できたようです。

問い:今、停電のお話しがありましたが、役場に詰めている時にライフライ等の困った情報等は入って来ましたか?

浸水被害ばかりでしたね。五桂のあたりでは股あたりまで水が漬いたようでした。それと、珍しく時田川が氾濫して、これは今まで無かった状況でしたね。

問い:長年多気町に住んでおられてこんな事は初めてだという事でしたが、被災以降に防災意識は変わりましたか?団長として変わった部分というのはありますか?

今回は避難準備情報が出て自主防災の会長さんが避難を呼びかけたのですが、それが災いした部分もありました。結果として自身で判断して避難所に向かわなかった方が正解だったのですが、13戸の小集落なんで常日頃から意思疎通を図って統制が取れるように出来ればと思います。

問い:何時起こるか分からない自然災害ですが、改めて何が一番重要だと思われますか?

備蓄食料も大切ですが、まずは命が助からないとどうしようもない。もし地震でもまず自分が助からないと地域の人も助けられない。長谷地区ではどこへ逃げれば良いとは一概に言えないですが、自主防災と連携してしっかりとした防災計画を立てていかないといけないと思います。

タイトル 平成29年台風第21号体験談映像(多気町 浦田 美三)
概要 地域のパトロールなど関係各所と連携しながら行っていたが、雨のため連絡がスムーズに取れない状況が起きていた。そして、孫からの連絡で自宅の目の前にある公民館が土石流で流されたことを知った。幸い公民館に避難していた人が、地鳴りを感じさらに避難していたことで全員怪我はなかった。
タイトル2 ヘイセイ29ネンタイフウダイ21ゴウタイケンダンエイゾウ(タキチョウ ウラタ ヨシミ)
概要2 お名前:浦田 美三
ご住所:多気郡多気町
発生時にいた場所:消防団
当時の年齢:
公開レベル 公開
出典 みえ防災・減災センター
提供者 三重県・三重大学 みえ防災・減災センター
提供者公開フラグ 公開
原本の保管場所
コンテンツの取得日時 2018年 02月 20日
コンテンツの住所 三重県多気郡多気町相可
コンテンツの撮影場所 三重県多気郡多気町相可
タグID 土石流,消防団,平成29年(2017年)台風第21号,多気郡 多気町
コンテンツID 平成29年台風第21号体験談

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