※画像をクリックする事で動画の再生が始まります。

昭和19年、当時13歳だった東南海地震を経験。突き上げるような揺れを感じ、立つことも出来なかった。庭の石垣やお墓も崩壊した。戦時中だったこともあり情報も少なく、後に津波で亡くなった方がいることを知った。

問い:昭和19年の昭和東南海地震を杉村さんは経験されましたか?

はい、経験しました。

問い:ご自身が経験されたという事ですね。

はい。

問い:その昭和東南海地震の2年後に南海地震がありましたが、それは体験されましたか?

いいえ、それは此処にいませんでした。ここで経験したのは昭和19年の地震だけです。

問い:その時は何歳でしたか?

13歳でした。

問い:中学校の1年生ですか?

はい、そうです。

問い:その地地震の時はどこにいたんですか?

ちょうど自宅のここにいました。

問い:その時は他にどなたかいましたか?

すごいガタっと来たので直ぐに裸足で外へ飛び出しました。

問い:どの様に揺れましたか?

記憶にありませんが。。。外で立っておれませんでした。直ぐに座っていました。

問い:ちょうどこの場所にいたんですよね?来た時はどんな感じでしたか?

バーンと突き上げるような感じでした。とても家の中におれませんでした。

問い:音とかはどうでしたか?

音ですか?。。。聞こえませんでした。

問い:家の揺れる音とか?

それは、ガクッという音でした。

問い:当時はガラスはあったんですか?

当時は障子でした。

問い:ガラスが割れたり、家の中が壊れたりとかは無かったですか?

その頃はガラスが入っていなかったので無かったです。

問い:カタカタという音ですか?

いえ、ガタッ!という大きな音です。

問い:お家の方はいらっしゃったんですか?

家の中にいたかは記憶が無いのですが、庭の那智の木に父親がすがって立っていたのを覚えています。

問い:他の家族の方は?

ちょっと、そこら辺はわかりません。

問い:外へ出た後はどうされたんですか?

座っていました。

問い:お家はどうなりましたか?

昔の家ですが、被害は何もなかったです。

問い:瓦が落ちるとか無かったですか?

無かったです。とにかくそこまで見る余裕が無かったです。

問い:地震が来た時どう思われましたか?

はっー、と思いましたが、今になっては記憶があまりないです。

問い:その前に地震を経験されましたか?

それまでちょいちょい揺れましたが、そこまで揺れたのは無いです。

問い:怖かったですか?

怖かったですよ、子供なんで。もう立っておれなかったのは相当な揺れだったので。

問い:その地震の後は、ご家族がどこにいるとか、どこからか帰って来たとかは?

あまり記憶が無いですが、夜は電気が無かったので夕食は早く食べた記憶があります。

問い:停電ですか?

はい、停電していました。

問い:水道はどうでしたか?

ここは、ガス、水道が無かったので、風呂は薪で今みたいな文明的な生活をしていなかったもので、その点は関係なかったです。

問い:お家の周りで地震の影響でどこか崩れたりとか無かったですか?

山の石が崩れて来ました。

問い:山の石ですか?

山がまくれるというか、石が落ちて来ました。

問い:崖崩れの様なモノですか?

崖崩れは無かったです。

問い:地盤が割れたとかは?

ここは、一枚岩で比較的地震に強いんです。

問い:先ほど石垣のお話しをされてましたが、お家の回りに石垣がありますがそれは当時もあったんですか?

はい、少しは崩れました。江戸期に作ったと思いますが何回かの地震に耐えて来たと思いますけど初めて石垣が壊れました。安政の地震にも耐えて来たと思いますけど、昭和東南海地震で初めて崩れました。

問い:他に何か人から聞いた話などありますか?

その当時は報道関係が規制されていて学校へ行っても地震の話しをせず、また聞きませんでした。海岸で津波で人が亡くなったという話もずいぶん後で聞きました。報道が規制されていたのか、自分の目で見た事しか分かりません。

問い:戦時中と言う事もあってですか?

そうです。

問い:裏の人とか町の人とかうわさ話などはありましたか?

ここはへき地で海岸にも行かないので、その後津波で来たようですね、という話を聞きましたけど、人が亡くなったという話は聞きませんでした。

問い:地震で怪我をされた話しとかは?

無かったです。

問い:一番怖かった事とか、記憶に残っている事とかは?

子供心に立ってられなかった事ですね。あまり地震の話も聞いていなかったので怖かったです。

問い:学校に行ってからお友達から聞いた話とかはどうですか?

当時学校へ行って話したのは石垣が崩れたという話はありましたが、あまり話題にもなりませんでした。

問い:学校の授業もそのままありましたか?

はい、ありました。

問い:地震の場合、余震などもあると思いますが、いかがでしたか?

あまり覚えて無いです。。。言い忘れましたが、墓に行くと石碑が倒れていました。

問い:大きな地震を体験されてるじゃないですか、今後来た時の思いは違いますか?

予告なしに地震はやって来ますので日頃海岸べりにいた時は地震が来たらどうしようか?と思いながら運転はしています。逃げるとこはどこかな?と海岸に出た時は考えながらいます。

言い忘れましたが、麦畑でまっすぐにまいた芽がグニャグニャに曲がっていました。

問い:当時は13歳で子供でしたので大変だったでしょうね。

外へ出た時、特高の電線が縦に大きく揺れていたのを思い出しました。6本の電線が縦に大きく揺れていました。

タイトル 昭和19年東南海地震 体験談(熊野市紀和町 杉村 )
概要 昭和19年、当時13歳だった東南海地震を経験。突き上げるような揺れを感じ、立つことも出来なかった。庭の石垣やお墓も崩壊した。戦時中だったこともあり情報も少なく、後に津波で亡くなった方がいることを知った。
タイトル2 ショウワ19ネントウナンカイジシン タイケンダン(クマノシキワチョウ スギムラ)
概要2 お名前:杉村
性別:男性
年齢(生年):当時13歳
現住所:熊野市紀和町矢ノ川
被災時のお住まい:熊野市紀和町矢ノ川
被災時の職業・学校など:中学一年生
公開レベル 公開
出典 三重県・三重大学 みえ防災・減災センター
提供者 三重県・三重大学 みえ防災・減災センター
提供者公開フラグ 公開
原本の保管場所
コンテンツの取得日時 2018年 09月 11日
コンテンツの住所 三重県熊野市紀和町矢ノ川
コンテンツの撮影場所 三重県熊野市紀和町矢ノ川
タグID 紀和町
コンテンツID 昭和東南海地震体験談・証言(映像)

動画に関する詳細情報