昭和19年東南海地震・津波被災に関する手記(南伊勢町)
東南海地震の記憶 昭和19年12月7日、小春日和の暖かな良い日でした。私は六歳、来年は就学という冬の昼下がり、同い年のさとみさん(さとちゃん)と家の前の畑で、シャベルで土いじりをしていました。すると東…
昭和19年東南海地震 体験手記(度会郡南伊勢町 磯野 雄一さん)
あれは5年生の12月であった。教室は式場と兼用になっていた昇降口に近い場所でありました。午後の1限目習字の時間が始まって間もなくであったと思う。グラグラッと大きな音と一緒になって教室全体が激しく揺れ出…
昭和19年東南海地震 体験手記(度会郡玉城町 大北 幸松さん)
まだ小学校に入る前の冬の事です。当時私の家は農家でしたが、男手がなく祖母の実家から水田や畑を耕しにおじさんが手伝いに来てくれていました。昼食のあと祖母が畑に見にいく様に言われく つをはいた時、北の方か…
昭和19年東南海地震 体験手記(度会郡南伊勢町 森下 頴幸さん)
昭和十八年四月一日、五ヶ所尋常高等小学校、高等科二年卒業と同時に、学校側の指導によって四日市市塩浜町にあった第二海軍燃料廠へ入所。入来日誌を書き続けて来たが、これが発生当日のものである。(以下当時の日…
昭和19年東南海地震 体験手記(津市 平井 隆昭さん)
私は小学校低学年(当時小学一年生)で、当時学校へ登校中で、学校で授業を終え帰宅しようとして運動場を歩いていたところグランド中央部で地震にあい、昭和19年12月7日の昭和東南海地震を体験しました。当日は…
昭和19年東南海地震 体験手記(四日市市 臼井 達也さん)
昭和16年12月8日に大東亜戦争が始まった。 昭和19年、当時旧制中学校4年生(満16歳)の私は、4月から翌年3月まで一年間を通しての勤労学生動員となり、毎日名鉄電車の瀬戸線で、瀬戸市と名古屋市の丁度…
昭和19年東南海地震 体験手記(度会郡玉城町 飯島 千津さん)
昔は秋の取入れが遅く、12月は麦蒔きの最中でした。突然ゴーッという地鳴りがしたと思ったら、大地が立っておれない程ゆれ出しました。しゃがみ込んで東の方(伊勢)を見ていますと何と大地が大海原のように波打っ…
昭和19年東南海地震 体験手記(いなべ市 樋口 正美さん)
当時、私は旧員弁郡東藤原村宇石川にあった東藤原小学校の4年生でした。 地震が起こった昭和19年頃は、大東亜戦争の末期でもあり時代背景的にも大変な時代でした。その日は、小学校にて下校する前の掃除の時間中…
昭和19年東南海地震 体験手記(度会郡南伊勢町 山本 篤さん)
思いつく順に 避難について。 1.すぐに行動する。井戸の水で確かめるのは無駄なことだ。物の壊れたこと等、話し合っている時間が長い。「そんなことは春の日永にして、はよ逃げない」と言ってもなかなか聞かない…
昭和19年東南海地震 体験手記(松阪市 垣本 宗郎さん)
地震が起こったときは国民学校の 3 年生の教室で、遅めのお昼ご飯を食べていました。 グラツと揺れ始めたとき担任の先生の逃げろの一声で、すぐに防空頭巾をかぶり、教室の前後の入り口から整然と中庭に避難しま…


