災害体験談・証言手記

昭和19年東南海地震 体験手記(松阪市 垣本 宗郎さん)

地震が起こったときは国民学校の 3 年生の教室で、遅めのお昼ご飯を食べていました。 グラツと揺れ始めたとき担任の先生の逃げろの一声で、すぐに防空頭巾をかぶり、教室の前後の入り口から整然と中庭に避難しま…
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災害体験談・証言手記

昭和19年東南海地震 体験手記(南伊勢町 萩原 敏男さん)

昭和19年12月7日、その日の私は第2次大戦による招集を受けており、入隊を数日後にひかえて父とみかん山で大石など重い物の片づけをしていました。突然足元をすくわれる様なはげしい揺れにおそわれ立っていられ…
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災害体験談・証言手記

昭和19年東南海地震 体験手記(玉城町 山本 訓兆さん)

なむあみだぶつ!なむあみだぶつ!祖母の声。2階に祖母と3歳の弟と3人で居た。突然その祖母がなむあみだぶつと何回も繰り返した。 なぜか私は大きなきつねが屋根で家をゆすっているように感じた。成人になっても…
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災害体験談・証言手記

昭和19年東南海地震 体験手記(松阪市 西口 一巳さん)

私は当時、津中学校(現津高校)4年生で戦時学徒動員により、学業を中断し近鉄江戸橋駅の西にあった三菱航空機津工場(岸和田紡績の後)で本土に襲来する米軍B29爆撃機の迎撃戦闘機「雷電」の主翼の組立工をして…
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災害体験談・証言手記

昭和19年東南海地震 体験手記(亀山市 草川 吉美さん)

私の家は農家で6人家族でした。父は当日家に居なかったと記憶しています。行先は所有地の山林の手入れや薪物の準備をしていた。山林ではそんなに大きい揺れは感じなかった?と話をしていた様な薄い記億があります。…
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災害体験談・証言手記

昭和19年東南海地震 体験手記(津市 糸川 貞之さん)

1.地震発生時 三重県北牟婁郡錦国民学校1年生(現大紀町錦)当時通称港湾(現在の魚市場)で友達と遊んでいた、突然大きな揺れがきた。地面が音をたて、陸揚げされている船が左右に動き、地震と気づき皆家へ帰っ…
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災害体験談・証言手記

昭和19年東南海地震 体験手記(鈴鹿市 杉本 洋子さん)

昭和19年12月7日国民学校4年生でした。午後の授業は工作の時間でした。グライダーを作っていました。竹ひごで主翼、尾翼を丸めて型を作り、紙を貼り中心の軸に取り付け、プロペラを付けて尾翼下まで生ゴム紐を…
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昭和東南海地震体験手記

昭和19年東南海地震 体験手記(福島市 関 寛さん)

前略。平成26年12月5日NHK放送で東南海地震の事が放送され、東大の先生がお話されるのを見て、70年前の事を思い出しました。さらに12月7日の福島民報新聞の「隠された震災から70年東南海地震でシンポ…
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災害体験談・証言手記

昭和19年東南海地震 体験手記(多気郡多気町 村田 亘子さん)

あの日、暖かい冬日和。学徒動員で江戸橋の倉敷紡績にいました。お昼を終え雑談をしていた時です。異様な音と共に足元がグラッと揺れた途端大きく揺れ始めたのです。誰かが「地震だ」と叫ぶと一斉に職場から走り飛び…
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災害体験談・証言手記

昭和19年東南海地震 体験手記(津市 山越 仁一さん)

当時友達20人位と遊んでいた。 横に揺れ出し、1人では立っておれなくて、友達と肩を支え合って地震の揺れが止むのを待った。揺れが止んで自宅へ走った。母から兄と二人で先に逃げるように云われて、町の男の大人…
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