災害体験談・証言手記
昭和19年東南海地震 体験手記(度会郡南伊勢町 森下 頴幸さん)
昭和十八年四月一日、五ヶ所尋常高等小学校、高等科二年卒業と同時に、学校側の指導によって四日市市塩浜町にあった第二海軍燃料廠へ入所。入来日誌を書き続けて来たが、これが発生当日のものである。(以下当時の日誌コピーより)
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十二月七日 木曜日 晴
何ヤラ足元ガオカシイ。體ノ浮キ上ルヲ感ズ。續イテ振動ス。「ア!」地震ダ。横ニ氣味惡ク遙レル。人々モ感ジタラシク外ヘ走ッタ。皆、無我夢中デ外ヘ出ル。積ンデアリシフランヂノ倒レ落チル音、生レテ始メテ會フ大地震ナリ。時ニ、十三時三十五分。倒レサウナ地面ヲハウ様ニシテカラウジテ詰所前ノ空地ヘ出タ。横ニ大キクユレル。將ニ大地面ガ動遙ス。工場ハ倒レルノデワナカラウカト心配セズニハヰラレヌ。
「アノ石原産業ノ煙突ガ折レタ」誰カノ叫ビ、アハレ世界一ニト言ワレシ石原ノ煙突ハ昭和十九年十二月七日午後一時三十五分、惜シクモ上半身、大空ヨリ姿ヲ消ス。
磯津橋落ツ。約二三分震動シ續ケテヰタダロウ。本當ニ生レテ始メテノ大地震ナリ。面白イ様ダ。又恐シイ様デモアル。地震ノ震源地ハドコダロウ。サシテ遠クハアルマイ。
被害ヲ受ケタ人々ニ同情ノ念止マヌ。
(何やら足元がおかしい。体の浮き上るのを感ず。続いて振動す。「あ!」地震だ。横に気味悪く揺れる。人々も感じたらしく外へ走った。皆、無我夢中で外へ出る。積んでありしフランジの倒れ落ちる音、生まれて初めて遭う大地震なり。時に、十三時三十五分、倒れそうな地面をはう様にしてかろうじて詰所前の空地へ出た。横に大きく揺れる。将に大地面が動揺す。工場は倒れるのではなかろうかと心配せずにはいられぬ。
「あの石原産業の煙突が折れた」誰かの叫び、あはれ世界一にと言われし石原の煙突は昭和十九年十二月七日午後一時三十五分、惜しくも上半身、大空より姿を消す。
磯津橋落つ。約二三分振動し続けていただろう。本当に生まれて初めての大地震なり。面白いようだ。又恐ろしい様でもある。地震の震源地はどこだろう。さして遠くはあるまい。被害を受けた人々に同情の念止まぬ。)
タイトル | 昭和19年東南海地震 体験手記(度会郡南伊勢町 森下 頴幸) |
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概要 | 五ヶ所尋常高等小学校、高等科二年卒業と同時に、四日市市塩浜町にあった第二海軍燃料廠へ入所。発生当時書いていた日誌で当時の様子が記載してあった。 |
タイトル2 | ショウワ19ネントウナンカイジシン タイケンシュキ(ワタライグンミナミイセチョウ モリシタ エイコウ) |
概要2 | お名前:森下 頴幸 ご住所:度会郡南伊勢町 発生時にいた場所:四日市市塩浜町 当時の年齢:16歳 |
公開レベル | 公開 |
出典 | みえ防災・減災センター |
提供者 | 森下 頴幸 |
提供者公開フラグ | 公開 |
原本の保管場所 | |
コンテンツの取得日時 | 2016年 04月 01日 |
コンテンツの住所 | 三重県四日市市塩浜町 |
コンテンツの撮影場所 | |
タグID | 第二海軍燃料廠,日誌,四日市市,昭和19年(1944) 東南海地震 |
コンテンツID | 昭和東南海地震体験談・証言(手記) |