世の中は、東北の大地震を例にして各方面で経験談や対策等関心がよせられておりますが、私たちの住む三重県にも、大地震を経験したことを考えると、地域が違う東北よりも 自身の三重県にあった大地震の経験、体験の方が役立つのではないかと、常々思っておりましたので、やっとそれを語る機会に恵まれ、ここに語らせていただきます。
災害は時も天気具合も年齢も性別も場所も選んで来るわけではありません。 子供も必ず親と一緒とは限らないのです。そのことについてお話させていただきます。
当時住んでいたのは、四日市市朝日町、家族は7人、使用人4人、私は今でいう幼稚園年長組 (5才)でした。
地震の起こる当日は、戦争中で丁度、第二国民学校(現浜田小学校)で、国防婦人会総出の慰問袋作りで、午後子供をおいて出ることになり、留守中の子供をどうするか親同士が相談の上、家が全員留守になる子(民ちゃん)の家に子供 3 人を留守番させることに決定したようです。決定の条件は民ちゃんの家が当時には珍しく鉄骨の当時いわゆる洋館建で、万一、空襲があっても安全であることと、私の親は何とうちの子はしっかり躾けてあるから責任もたせましようと、しっかり留守を守るんですよと出かけました。
責任を持たされた私は、一応は子供なりに覚悟し、敵機の空からの襲撃があったら地下室に逃げようと考えたのですが、それから数分後、大地震が来るとは想像もつかず、ましてや地震とはどんなのかも知らず、子供どうしで絵本をよんだり、あやとりをしたりで時を過ごしておりました。
そこに、突然、家ががたがた揺れはじめたのですから、何が何だかさっぱりわからず、当時絵本の大好き子供の私は「どっかから象さんが来て、家をゆすっとんのやろか? 」 ととっさに言ってしまいました。揺れは段々大きくなり、窓ガラスははずれる、襖、障子もはずれ、窓の外の防火用水の水は高波の如く、空から水が降って来るようなあふれ方でした。
突然責任者魂を思い出した私は、「これは象さんとちがう、違うわ、地下室は危ない、部屋の隅の柱と壁の方へ行こう」と3 人手をつないで隅の柱と壁にぴたっとつかまっていました。この揺れがどの位だったのか、分も時間もわからない幼い私たちですから、定かではありませんが、はじめの揺れは立ってはおれましたが、揺れが大きくなるにつけ普通に立っておれず、這いながらガラス戸の割れ落ちるのを避け、障子、襖のはずれたのをよけ、8帖問、6帖問、廊下をあちこちして部屋の隅が安全だと子供心に察し、静まるのを待ったのですから、5 分位かと思います。
地震がおさまって親が学校から帰り、学校も講堂のあちこちで、神さん、仏さん助けてとさけび声で大変だったし、子供はどうしていたろうと心配で無我夢中で帰りついたと言い、元気な子供の顔を見て安堵しているようでした。普通親の顔をみたら、こんな時、子供は泣き出すところですが、責任を果たした私は心の中で、ちゃんと約束守ったよと誇らしい気持ちだったのを今も忘れません。わが家への帰り道、好奇心旺盛な私は、どの家も傾いで、戸の開け閉めが出来ない事や瓦のずれ落ち、土壁の崩落と被害状況を見ながら家に帰りつき、わが家にはあまり被害なく、戸の開け閉めがちょっと困難を感じた程度でした。
当時町内会長の父はジャッキを持って町内の傾いた家を持ち上げるのに奔走していた記憶もあり、近くの他町内に帰省中の大学生が壁の下敷きになって死亡した事、東洋一と言われていた名物の石原産業の 3 本煙突が折れた事を父から聞きました。
幼い子供ではありましたが、戦争中だったので、いつも子供ながら危機感は持っておりましたから、地震にも対応出来る力(私はこれを勝手に災害対応力と命名しております) がありましたが、現在あまり危機感を体験していなく、甘やかされて育っている幼児、子供を見るにつけ心配です。

タイトル 昭和19年東南海地震 体験手記(四日市市 白峰 圭子)
概要 子ども3人で留守番をしているときに、突然、家ががたがた揺れはじめた。揺れは段々大きくなり、窓ガラスははずれる、襖、障子もはずれ、窓の外の防砂用水の水が高波の如く、空から水が降って来るようなあふれ方だった。這いながらガラス戸の割れ落ちるのを避け、部屋の隅で静まるのを待った。
タイトル2 ショウワ19ネントウナンカイジシン タイケンシュキ(ヨッカイチシ シラミネ ケイコ)
概要2 お名前:白峰 圭子
ご住所:四日市市
発生時にいた場所:第二国民学校(現浜田小学校)
当時の年齢:5歳
公開レベル 公開
出典 みえ防災・減災センター
提供者 白峰 圭子
提供者公開フラグ 公開
原本の保管場所
コンテンツの取得日時 2016年 04月 01日
コンテンツの住所 三重県四日市市北浜田町13-5
コンテンツの撮影場所
タグID 第二国民学校,浜田小学校,四日市市,昭和19年(1944) 東南海地震
コンテンツID 昭和東南海地震体験談・証言(手記)

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